ドクダン・トピック

●寄り添う技術

　政府の２０２４年版「高齢社会白書」によると、６５歳以上の高齢者のう
ち、親しい友人・仲間が「たくさんいる」と答えた人の割合は７．８％で、
２０１８年度に実施した前回調査の２４．７％から大幅に減少していた。
人と話をする頻度が「毎日」と答えた人の割合は、前回調査の９０，２％か
ら７２，５％と、こちらも大幅に減少している。前回調査との間にあったコ
ロナ禍で人付き合いが制限されたこともあり、一人暮らしの高齢者の増加と
相まって、人付き合いが希薄になっているようだ。
　高齢者、人付き合い、とくると心配されるのが認知症だ。
　全国の認知症高齢者数は、ある推計のよると６５歳以上の人口がほぼピー
クを迎える２０４０年に５８４万人になり、２０２２年の認知症高齢者は推
定で４４３万人で、１４１万人増えるという。高齢者のおよそ７人に１人の
割合となる。認知症はもうなって当たり前、ということになっていくのだろ
う。
　有病率で見ると、２０２２年の６５歳以上の有病率は１２．３％で、年齢
層が上がるほど高くなり、高齢者の割合が増えれば認知症高齢者の数も増え
ていく。２０２５年には４７１万人、２０５０年に５８６万人、２０６０年
に６４５万人になるとした。
　これまでは別の推計を基に推定された有病率１５％をもとに、２０２５年
に約７００万人に上ると見込んでいた。それに比べるとかなり下回った推計
になったことになる。有病率が下がったことによるものだが、軽度認知障害
（ＭＣＩから認知症になる高齢者の割合が減ったためであるようだ。これま
では軽度認知障害であっても「歳かなあ」と気にしていなかったものが、早
期に取り組めば認知症への進行が押さえられるとの認識が広まり、喫煙率の
低下や高血圧、糖尿病など生活習債病管理の改善、健康意識の変化で、認知
機能低下の進行が抑制されたのではないかということだ。
　軽度認知障害は認知症の前段階とされる障害だが、今回初めて将来推計を
行い、２２年の有病率を１５．５％と算出した。その結果、２０２２年では
５５８万人、２０２５年に５６４万人、２０４０年に６１２万人、２０６０
年に６３２万人になるとした。
　軽度認知障害までを含めると認知機能障害は、２０２２年で約１０００万
人、２０６０年には１２８０万人近くまで増えることになる。２〜３人に１
人という割合であり、夫婦の両親が４人いればそのうちの一人は経度認知障
害があるかまたは認知症ということになる。高齢者が夫婦で済んでいる場合
は、片方がお世話をすることになり、自らの発症を気にしながらの対処が必
要となる。行政の手厚い支援が必要となってくるだろう。
　認知症の予防には、人との付き合いの中でコミュニケーションを大切にす
ることが重要だといわれているように、聞こえが悪い人は他者とのコミュニ
ケーションが減り、認知症になりやすいといわれている。ある調査によると、
難聴の人は聴力に問題のない人と比べ、認知能力が３０〜４０％も低いとい
う。
　２０１７年の国際アルツハイマー病会議において、認知症の症例の約３５
％は潜在的に修正可能な９つの危険因子に起因するという発表があった。そ
の９つの危険因子の１つが難聴なのだ。
　なぜかというと、難聴があると音の刺激や脳に伝えられる情報量が少なく
なり、脳の萎縮や神経細胞が衰えていくため認知症の発症につながる。また、
難聴があるとコミュニケーションがうまく取れなくなって人との関わりを避
けるようになってしまうが、その状態が続くと抑うつ状態になったり、社会
的に孤立して認知症の発症につながるのだという。
　「幸せのスイッチ」という映画で、おばあちゃんが耳が悪くなって息子の
嫁さんの声が細くて聴き取れなくなり、無視して意地悪をしているように受
け取られるシーンがある。全く聞こえないわけではなく、高音が聞き取りに
くいため聞こえる声と聞こえない声が出てくるのだ。
　症状で言うと老年性（加齢性）難聴というのもで、特徴は高音が聞き取り
にくくなるというものだ。
　通常の耳鼻咽喉科診療で行う純音聴力検査ではそれほど聴力低下はなくて
も、言葉を聞き取る能力が低下していることも多い。騒音の中や、会議など
複数の会話が飛び交う中での言葉の理解が難しくなることには、耳の聞こえ
の神経（蝸牛神経）の衰え以外に、脳内での言葉を区別する能力（中枢性聴
覚情報処理能力）が低下していることも関わっている。早口でしゃべられる
と理解できないということは、音の時間分解能低下が関与している。
　つまり、単に聞こえないということではなく、音は聞こえているが会話が
理解できない、・騒音の中で複数の会話が飛び交う中での言葉の理解ができ
ない、早口でしゃべられると理解できない、という症状もあるということで、
周囲の理解が必要になってくる。
　ところで、こうした症状は高齢者だけのものではなく、実は全世代で起こ
りうることなのだ。「聞き取り困難症」といわれ、聴力自体に異常はないが、
複数人の会話などが聞き取りにくい症状で脳の音声情報処理に何らかの問題
があると考えられているが、治療法は確立されていない。小中高生の１％に
あるとされる。
　主な症状は、仕事の指示が聞き取れない、授業で教師が話していることが
わからない、電話の声が理解できない、飲食店で複数人の会話の内容がわか
らない、といったことで若年層では人付き合いにかなり困る症状ということ
だ。
　先に、難聴があると音の刺激や脳に伝えられる情報量が少なくなり、脳の
萎縮や神経細胞が衰えていくと書いたが、聴覚は音が脳に届いて脳が処理し
て理解するということだからだ。
　音に対して脳は、耳から外部の音の情報をキャッチする＝＞内容を判断し
て大切な情報と要らない情報を振り分ける＝＞適切な対応をする、という一
連のはたらきをおこなっている。音の情報が脳に入りにくくなるとそのぶん
脳が使われなくなるから萎縮や衰えが現れるということなのだ。
　ちなみに、周囲がうるさい中でも聞きたい声は聞き取れるのは、たくさん
ある音の中から聞きたい声を脳が拾い上げるという作業をしているからだ。
耳をすませば、聞きたいものが良く聞こえるようになるのは、脳のおかげな
のだ。
　ところが、世の中には「ノイズキャンセリング」という技術があって、騒
音や身の回りの雑音（ノイズ）を消して音楽に集中できたり、音量を上げず
に済んだりすることができるそうだ。
　音とは、正確には「音波」のことで波がある。我々の耳はいろんな音があ
る、つまりいろんな形の波が混じり合った音を読み取って、音楽や言葉、日
常の色々な音を聞き分けている。この波に対して波の高いところと低いとこ
ろを入れ替えた別の音波、つまり高低を逆転させた音波（逆位相）をぶつけ
ると、波が打ち消し合って波がなくなる。つまり音が消えて耳では聞き取れ
ないことになる。
　そこで、鼓膜まで音が届く前に、ノイズと逆位相の音をぶつけて消すのが、
ノイズキャンセリング技術だ。
　まず、ヘッドホンやイヤホンに付いたマイクでノイズを拾う＝＞ノイズを
内部の集積回路（ＩＣ）チップ内で電気信号に換えて、逆位相の音を計算し
て作る＝＞耳の入り口で逆位相の音をノイズにぶつける＝＞ノイズが取り除
かれた音が鼓膜に届くという流れになる。
　音は、空気中（気温１５度想定）を１秒間に約３４０ｍの速さで進む。ノ
イズ（音）が鼓膜に届く前に、ＩＣチップ内で逆位相の信号を作るなど一連
の工程をこなすのは高い技術が必要になる。また、ノイズを拾う技術も重要
だ。ノイズの音と音楽の音は性質が違うので正しく判断されて、消されるの
はノイズの音だけらしいのだが、ここを間違えると聞きたい音が消されてし
まうことになる。
　技術は様々な分野で進化して、多様な状況に対処できるようになっている。
加齢は人間にとって避けて通れない段階だ。高齢というさまざまな状況の発
現に対して、人が過ごしやすい応対をサポートして寄り添ってくれる技術が、
今後もどんどん出てくることを期待したいものだ。